2003年8月 ハンブルク オリジナル・チェンバロ見学ツアー報告

古楽器研究会代表 加久間朋子

◎ツアー内容の概略
◎コンサート使用オリジナル楽器

日程 2003年8月28日(木)〜9月2日(火)
見学・試奏・コンサート(出演:伊藤深雪 pf、加久間朋子 cem)
8月29日(土) ハンブルグ美術工芸博物館(楽器博物館)にて
8月30日(日) ハッセルブルグ城にて
主催 古楽研究会

チェンバロ:

  • Johann Daniel Dulcken, Antwerpen 1755
  • Frankreich 1730 (無署名)
  • J.et A. Kirckmann, London 1785
  • A. Ruckers, Antwerpen 1628

フォルテピアノ:

  • Johann Jacob Koennicke, Wien 1795
  • Johann Andreas Stein, Augsburg ca.1780

当会主催のツアー(8/28〜9/2)に、総勢25名で行ってまいりました。通常、博物館所蔵の楽器は見学のみで、触ることを許されるのはまれです。その状況の中、世話人、片山夫妻のご尽力により、ハンブルグのボイヤマン・コレクション(楽器学博士ボイヤマン氏の収集した楽器)を中心に数十台にのぼるオリジナル楽器を、直接触れることが可能な機会を得ての渡独です。氏のコレクションの多くが寄贈され展示されている「美術工芸博物館」と、個人所有の城「ハッセルブルグ城」では、その楽器を使用してのコンサートも計画されました。

4泊6日という非常にコンパクトな日程には、通常の観光旅行のような予定はほとんどなく、ショッピングは移動中のロスタイム(たとえば空港)のみで、ほとんどが楽器見学、試奏、作曲家ゆかりの教会や歴史的建造物の訪問にあてられ、参加者全員の興味の対象が同じという利点を生かし、時には駆け足で、非常に貪欲に有意義な時間を過ごしてきました。

では、順を追って、私自身の観点からの旅行記を書くとしましょう。

最初のコンサートが予定されている博物館での楽器との対面とリハーサルの為、フォルテピアノ奏者伊藤深雪氏、私、娘と友人の4名は前日にハンブルグ入りをした。猛暑と伝えられていたヨーロッパであったが、驚くほど涼しい。コート、セーターを着ている人も多い。

[8月28日]
日本を発つ2日ほど前に、ハンブルグ在住のオルガン奏者で元会員の辻めぐみさんから、聖ヤコビ教会シュニットガー(Arp Schnitger)作のバロック・オルガンをお聴かせすることが出来るという朗報を戴いた。すでにきちきちのスケジュールであったが、こんな機会は願ってもないことである。幸い29日に見学予定の「美術工芸博物館」から徒歩5分ほどのところにその教会はあるので、いったん博物館をぬけてオルガン演奏鑑賞を組み入れることにした。そのヤコビ教会で前日ハンブルグ入りしていた参加者6名は28日に、毎週木曜日に開催されているヤコビ教会オルガン見学の会に出席することが出来た。これは当教会オルガン奏者(Kelber氏)が参加者をオルガン鍵盤横まで案内し、このオルガンの歴史とともに、時代、時代によって加えられていったストップを用いてのデモ演奏を聞かせるという催しである。(氏はクラシックばかりでなく、タンゴやジャズまでデモ演奏してくれた!!)最後には聖堂内でブクステフーデ、J.S.バッハ、モーツァルトの演奏を聴いた。豊かな頭から降り注ぐ音楽に包まれ、ドイツに来たのだ…と実感。

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その後、博物館で片山夫妻、姪御さん、博物館学芸員キルシュ氏と落ち合う。29日夕方のコンサートの打ち合わせとリハーサルである。2階にチェンバロ、3階にはフォルテピアノが展示されている。この日はリハーサルに気を奪われていたので多くの楽器に注意が払えなかったものの、オリジナル楽器に囲まれた空間でオリジナルのチェンバロを演奏しているという感動は私の中で絶えず波打っていた。

私が選んだのは、ドゥルケン作フレミッシュ一段鍵盤と作者不詳フレンチ二段鍵盤。出国前からの心配事であったオリジナル楽器との対面は思ったよりスムーズで、少し安心。ドゥルケンは日本にあるコピー楽器で感じていた、渋く、凛とした音色をオリジナルの中にも確認。さらに深さと力強さに包まれていた。対してフレンチは軽やかで、しなやか。上鍵盤の鍵盤奥行きの短さに戸惑うが、下鍵盤のつややかな音色にしばし酔う。「ああ、やはり余分な力や気負いは不必要、楽器が演奏を導いてくれる」これが、この2台の楽器と出会っての強烈な印象である。

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練習に疲れた頃、キルシュ氏が再びやってきて、館所蔵の有名なクリスチャン・ツェル(C.Zell,1728年)がおかれている部屋まで案内してくれた。通常、この楽器は触らせてもらえないのだが、ご好意で弾かせてもらえた。感動。スコヴロネック氏が修復を手がけ、96年には鍋島先生も演奏会で使用した楽器である。立ち上がりのはっきりした音、深い響き、鍵盤の感触、反応もすばらしく良い。
夕刻、3階でのリハーサルを終えた伊藤氏と共に宿に向う。2晩はアルスター湖近くのホテル。花火に歓声をあげる。23時を回った頃、参加者全員が到着。事前に出してあった部屋割りとホテル側の対応が合わず、しばし確認作業…少々いらつく。

[29日]
朝から雨がふり、さらに寒くなる。徒歩10分ほどで博物館に到着。キルシュ氏の出迎えを受け、10時の開館少し前に入館させていただき、早速オリジナル楽器の待つフロアーへ。3階のフォルテピアノから見学、試奏開始。一台一台キルシュ氏の英語による解説と会員三好さんのきびきびとした通訳で、次々と楽器を巡る。モーツァルトが弾いたであろう楽器からライオンの彫り物がされた足を持つシュタインウェイまで堪能。
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その後、2階へ移動していよいよチェンバロ達と対面。前日、そこにいたものの良く見る余裕がなかったので、改めて個々の楽器の形、音質、装飾等に目・耳を奪われる。参加者にはもちろんチェンバロ関係者が多いので試奏も我先にという感ありで、よしよしと思う。すべてを見る前にヤコビ教会に行く時間になってしまう。この日は辻めぐみさんの夫君でやはりオルガニストのWolter氏が演奏を聴かせてくれる。

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希望者を教会に送り出した後、リハーサルを行う。雨の影響だろうか、ジャックの動きが昨日のようにスムーズでなく、響きも減少したように感ずる。その件に関してキルシュ氏と相談。また、教会から帰ってきてからのスケジュールも再検討。皆のチェンバロへの興味の深さを感じられた様子で、ツェルを見た後、再度2階フロアーの未見学の楽器も時間外であるが案内しましょうと申し出くださり感謝。

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博物館内のカフェテリアで遅い昼食と休憩を取り、その後コンサートに向けて調律師と打ち合わせをする。天候のため、チェンバロの機構がうまくいかなくなるのは良くあること、そして、この天気はハンブルグの典型的なものであることを告げられるものの、なんとかメンテナンスしてもらうようお願いする。メンテナンス・調律後「グッド・ラック!」とニコニコして握手し、帰っていってしまったのにはびっくり。モダンピアノじゃないのよ…と思いながらも、後の祭り。
演奏会が始まる。まず、2階に設けられた会場に80名ほどのお客さんが集まる。私がそこでブクステフーデ、シャイデマン、J.
S. バッハ、ムファットを演奏。その後、3階に移動して伊藤氏による演奏(ベートーヴェン、C. P. E. バッハ、モーツァルト)が始まる。アンコールに二人でモーツァルトの小品を連弾する。

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コンサートの余韻もそこそこに、キルシュ氏と共に全員「フィッシュマルクト(魚市場)レストラン」に夕食のため移動。おいしい魚料理をメインにしたコースを食べる。量は大変多いもののキルシュ氏はペロッとたいらげ、さらに私の娘の残したデザートも残さず食べてくれた。「すごいですね」というと「ピアノ動かすからね〜」とチャーミングな返事。本当に良い方でした。

[30日]
幾分天気がよくなった。バスでハッセルブルグに向かうが、まず、ホテルの移動。今度は五つ星ホテルに2泊する。斬新でスマートなロビーに少し感動。空間が広いのはゆっくりしたくなるもんだと出発時間までふかふかのソファーでぼーっとする。この日のコンサートではほとんどリハーサルが無いと同じなので、不安でいっぱいだ。でも、どうすることも出来ないので、伊藤氏と開き直りに近い心境になるねと会話を交わす。

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ハッセルブルグ城に到着。何故か片山夫妻の様子が変である。皆は、新たなオリジナル楽器との対面に期待しているが、なかなか、中に入れてもらえない。演奏者のみまずリハーサルのために入る。と、そこには、すでにセッティングされたチェンバロ2台とフォルテピアノがあり、ボイヤマン氏とも対面。早速、音を出してみる。一台はカークマン作の2段鍵盤、もう一台はルッカース作2段鍵盤である。カークマンはいままでに弾いたことが無いほど、鍵盤が深く沈み込み、多いところでは隣の鍵盤の裏側よりも下がってしまうところがあり、演奏は困難である。しかし、音域やボイヤマン氏の示唆もあってヘンデル、スカルラッティはこちらでの演奏となった。音色は明るく、平均的な音で、肉付きがあまり無いようにも感じられる。もう少し弾き込む時間が多ければ印象が変わったかもしれない。J.
S.バッハの作品はルッカースでの演奏。ルッカースは夢のようにふくよかな音色、しかも、一音一音独立しているようにも演奏できるし、響きを多く出すことも出来る。今回の中で一番私が気に入った楽器である。

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そうこうするうちに、ボイヤマン氏の姿が見えなくなる。そこで初めて片山氏からボイヤマン氏は実は昨晩、心臓発作を起こして体調をくずされ、今日はこれから病院にいく、と言うことを聞かされた。そのような中、リハーサルに立ち会ってくださったのは感謝に絶えないが、分かった時点で片山氏が教えてくれなかった事には少々憤慨。何故ならば、参加者に事情を前もって伝えておけば、楽器との対面がなかなか出来ないことに対して、いらいらしなくても良いし、無駄に時間を過ごすことも無く、本人なりにならばこうしようと考え行動することが出来るというものである。ようやく、他の人も入ることが出来、城の中の各部屋に置かれたオリジナル楽器に触れることが出来た。ボイヤマン氏は直前までイタリアに行かれていたそうであり、私たちの到着のために楽器の調律、調整を行う予定あったらしいが、ご病気のため出来なかったのであろう。ほとんど調整はされていないのが状況であり、さらに、演奏で使用する楽器は前の晩(多分)に調律したのみで、かなり狂っているところが目立つ中、演奏しなければならなかった。自分で調律しようかとも思ったが、なにかあったら怖いのでそれはあえてしなかった。これはフォルテピアノも同様である。調律師が来るであろうとも事前に聞いていたのだが…。

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という訳で、この日は少し気分が良くないことが多かった。しかしながら、城のすばらしさ、その中での演奏、すばらしい楽器を弾けたこと、シュタインのフォルテピアノでモーツァルトとハイドンの作品を聴けたこと、など多くのすばらしい体験は忘れないだろう。

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[31日]
バスで近郊の町リューベックへ向う。ブクステフーデゆかりの教会があり、また、J. S. バッハが彼の演奏に魅了され、演奏を聴くために自分の仕事も忘れて長期滞在した町である。あいにく日曜日だったために、ほとんどの店は休み。お土産を買えないフリータイムなどと怒る方もいるかなと心配したが、教会は入れるのでそんな事を考える人もいないようである。すばらしいメンバーである。
まず、私たちの為に、開けてくれたというアンティークショップを訪問。その後、思い思いのグループに分かれ、しばし、町を探索。黒と茶が印象的な美しい北門を見た後、ジャガイモ専門店で昼食を取る。突然の雨のため、気持ち良さそうなテラス席から地下のテーブル席に移動。料理がなかなか出てこず、ビールを飲み干してしまう頃、やっと色々に料理されたジャガイモたちが登場。その美味に思わず顔もほころび、待ち時間へのいらだちも忘れ皆で頬張る。思いがけず時間がかかってしまい、後の探索は駆け足。市庁舎、聖マリア教会、マジパン屋さん…、見るべきところは何とか見て、集合場所には集合時間2分前に着き、皆から時間の読みの正確さになかば呆れられつつ、バスに乗り込む。そして、ハンブルグの聖ミヒャエル教会に移動。塔に登る。ハンブルグの町並みが一望に見渡せまた感動する。本当に駆け足のフリータイムであった。

[9月1日]
他のメンバーと別れ、朝8時台の特急に乗り、柏木夫妻、大段さん、私と娘、私の友人でベルリンに向う。ベルリンのツォー駅で柏木夫妻と別れ、自由にベルリンを一日探索し、皆より一日遅れで暑い日本に帰国。全日程を終了。

団体での旅行は難しさを感じたものの、メンバーの関心ごとの一致というのは、動きやすさ、居心地の良さにおいて大切なことだと今回痛感しました。というのも、優先させるべきものがおのずと一致するからです。
この旅行を通じて、各々感じたことは違うものもあるかもしれませんが、共通していることは「今度は何処に行こうか?」という思いです。オリゴならではの旅行とも言えましょう。20名近くの団体になると、動きの難しさもありましょうが、受け入れ側が非常に真剣に対応してくれ、さらに通常では体験できないことも可能になるというメリット、チャンスがあります。また、再度このような独自の企画による旅行が実現できるよう、人との繋がりをさらに大事にしていきたいと思います。先方との連絡を担って下さった片山夫妻、準備を手伝ってくれた会員、辻めぐみさんと夫君、そして参加された皆さん、このツァーが充実したものとなった事に対して心から感謝申し上げます。

日本におけるチェンバロでの古楽奏法のパイオニア鍋島元子と1974年創設された【古楽研究会Origo et Prctica】のホームページ