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★会員レポート
第113回 招待講師による講座 2 特別講座 「ローマ・バロック建築ガイド」

講師:照井春郎(東京電機大学・講師/建築士)
2005年10月2日(日) コア石響(東京・四谷)

今回の講座は次のように進められたのでその項目に従って要約してみたい。


1.バロック(用語)概説
2.建築空間のスタイル(工法)
3.教会堂形式について
4.16世紀から17世紀への変遷
5.実例

1.バロック(用語)概説

   15世紀末、ペルシャ湾からスペイン、ポルトガルへともたらされた真珠、 その中のいびつなものを「バロッコ」とポルトガルの宝石職人たちは呼んでいた。 この言葉を18世紀の古典主義批評家たちが、17世紀イタリアの美術に対する蔑称として使い始め、 「バロッコ」がフランス語の「バローク」になり、その時代の様式を表す言葉として定着していった。
ルネサンスとバロック、それぞれを象徴する言葉で対比させてみよう。 ルネサンスの「調和・均衡・厳正」に対してバロックは「躍動・高揚・混沌」となる。 建築のデザインにおいては、円形や球体を理想とするルネサンスと、 楕円から更に変化を求めていくバロックの違いを見ることができる。 そして飛び出したのは片肌脱いだ遠山の金さん、 金さんのバロックに対して反対側の遠山左衛門尉はルネサンス(古典主義)という例えで、 照井氏流のユーモアに思わず皆さん笑ってしまった。 

2.建築空間のスタイル(工法)

  建物を建てる時の工法は大きく分けて2つある。一つは日本建築やギリシャ神殿などに見られるもので、 柱と梁で支えていく工法である。ギリシャ神殿に石の柱が並んでいるのは、 デザインのためというよりたくさんの柱が必要だったからである。
 もう一つは中近東、地中海沿岸から西洋にいたる地域で用いられていたもので、 石やレンガの壁を積み上げて建てる工法である。この壁式工法におけるポイントは、 開口部に使われるアーチや屋根を支えるヴォールト、ドームである。 これらは石やレンガという材料を使い空間を成立させるために考え出された方法で いずれも力学的に理にかなったものである。このような技術はローマ時代にすでに多用されていたという。 

3.教会堂形式について

 教会堂の形式には主にギリシャ十字(赤十字の形)の集中式と、 ラテン十字(十字架の形)のバシリカ式という二つの形式がある。
 集中式はギリシャ正教の教会平面に多く採用され、中央にドームをのせている。 最も有名なのはトルコ・イスタンブールのソフィア寺院で、 大きなドームを持ち530年頃のビザンチン帝国時代に建造された。 あまりに壮大なこの建築を見てロシアはギリシャ正教を国教にしたというほどで、 その後のトルコでもこの様なドームを持ったモスクが数多く建てられるようになった。 また、ヴェネツィアのサン・マルコ寺院など、カトリックの教会でも使われている。
 バシリカとは、ローマ時代に裁判や演説会等を行っていた長方形の大きな空間と両端にアプスと呼ばれる 半円形の部分を持った建物を指していた。その後、アプスは片側一つだけとなって祭壇となり、 長い廊下の両脇に側廊のある平面形式がカトリックの教会のスタイルになった。 この天井の高い中央の廊下=身廊と両側の側廊からなる部分の断面形が、 そのまま教会堂入口正面のシルエットとなり、 ゴシック時代やルネサンス期にいろいろなデザインンが施されることになる。

4.16世紀から17世紀への変遷

 この時代の美術史を見れば、ルネサンスからマニエリスムを経てバロックに至る。 イタリアでは15世紀にルネサンス芸術を花開かせ繁栄を誇ったフィレンツェが衰退すると、 16世紀イタリアの中心はローマへと移った。 ローマ教皇は世俗的な権力をも手に入れようとカール5世(スペイン王であり神聖ローマ皇帝でもある) などとも勢力争いを繰り広げるが、これに破れ、 ローマ略奪、宗教改革の広がりによる収入減など痛手が重なった。 イエズス会の創設やトレントの公会議などでカトリックの復興が計られた時代にマニエリスムの芸術が栄え、 バロックへと移っていくのである。

5.実例

 マニエリスムとは調和と均整を求めたルネサンスに飽きたらず、 そこにひとひねりを加える様々な手法(マニエラ)を用いた芸術の様式である。 ラファエロが建物内部の装飾に用いたグロテスク模様、ミケランジェロの建築物に見られる装飾のための窓や柱、 開かない扉、変形した階段などにその例を見ることができる。この時代を代表する芸術家はミケランジェロであり、 数々の彫刻や絵画と共に建築においてはサンピエトロ大聖堂やカンピドリオ広場などが挙げられ、 楕円を使用するなどバロックの父と呼ばれている。
 バロックを代表する建築家はベルニーニとボッロミーニである。 この二人はサン・ピエトロ大聖堂の改築工事の中で出会ったという。 しかし教皇に重用されていくベルニーニと石工出身で職人気質のボッロミーニとは肌が合わなかったようだ。 ベルニーニは彫刻家としてもバロックを代表する作品を多く残し、 建築ではサン・ピエトロ広場のコロネード(列柱廊)のようなスケールの大きなものを得意として、 その後のバロック宮殿建築の基範も作った人物である。ボッロミーニは建築のみを生業として、個性的な傑作を残し、後世に多大な影響を与えている。
現在のローマの街路はこの時代に形づくられた。帝国時代のモニュメントや、 著名な教会堂を直線:道路で結び、これによりバロック的な視線が与えられ、 随所にバロックの建築や噴水などが点在している。 帝国以来二千年以上の歴史を現代人にそのまま見せてくれている街ローマを、訪れてみたいと思った。

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